俳優としての変化

優作には抜き身の刃の魅力ともいうべきものがあり、それは他人を緊張させたが、翻って自分自身に対してもそうだった。
初期の、デビューしたての作品においては、しなやかな肉体と同時に、心のなかにまるで炎のように燃えるマグマがあり、それがなにかを探している。そして、それがわからないために、たえず苛立っていた。
 そうした緊張感は最後まで消えることはなかったし、それが彼の強烈なカリスマ性を支えていたが、彼の側からみれば、彼のなかにあるマグマをどうコントロールしていったのかということが、俳優としての転機、成長につながっていたのではないか・・・。



時代(出演作品で見てみる) 俳優・松田優作の変化
「太陽にほえろ!」

「野獣死しべし」
アクションスターとしての松田優作が確率した時期である。
「竜馬暗殺」という異色作があったが、かなりをアクション映画のヒーロー役として出演。
だが、優作のなかでは、「野獣死すべし」で足を5センチ切ろうと思うなど、既成のアクション映画のヒーローとは全くイメージの異なる主人公像にし、脱却を図ろうとした。
「ヨコハマBJブルース」

「陽炎座」
音楽、特にブルースに惹かれ実際にも歌い始めていた。
この作品もジャンルとしてはアクション映画の範疇に入るかもしれないが、そうした区分けが無意味なものに仕上げたてた。
陽炎座では、優作自ら語っているとおり、「どう演技していいかわからない」状態になり、彼のなかでは挫折感として残る
「家族ゲーム」

「それから」
この時期、向田邦子原作「春が来た」に出演。この影響が大きいのではないか。
初めて演技における日常生活の部分を発見し、それが優作にとって新しい新境地を開かせた。
意図的かどうか、単発テレビドラマなどに出演。きわめて印象深い役で数々演じている。
インタビューにも積極的に応じ始めた。
「アホーマンス」 途中からの監督交代劇があり、優作の違う側面をもたらすことになった。
優作自身が常日頃思っていたことが、この作品中に素直にぶつけられた。
日本のSF映画、アクション映画、アジアの問題をとらえた映画として、優作が映画に何を求めているかが明確にわかる作品になっている。
優作の中にある宗教問題、具体的には仏教だが、随所にアクションとは対極にある静寂、涅槃を暗示するショットが散りばめられている。
「嵐が丘」

「華の乱」
以前の優作なら、自分で役を作り、それを押し通すのだが、このあたりでは、監督が作り上げたイメージを演じている。
優作は真剣に映画を学ぼう、映画監督から取り入れなければと考え自分の中に蓄積していた。
「ブラックレイン」 「ハリウッドも日本の映画もなにも変わらない。ただ違うのは映画に対する尊敬の念だ」と以前から語っていた優作。ブラックレインに出演してその思いを強く感じる。
この映画に出演してから、周囲が変化した。以前は誰も聞く耳を持たなかったことでも、ブラックレイン以後は誰もが耳を傾けた。それを具体的な仕事として昇華する前に亡くなったのだが残念である。
松田優作は、あとに続く日本の俳優たちに目に見えない大きな遺産を残した。