死の瞬間
大木英治著「蘇る松田優作」より
「華麗なる追跡」をやっとの思いで撮り終えた優作は、
平成元年9月28日、ふたたび西窪病院に入院することになった。
優作は、すでにひとりでは歩けない状態であった。
スタッフに支えられて、やって来たのであった。
優作は、訴えた。
「腰が重くて、歩けねぇや」
11月に入ってまもなく、最初の山がきた。
優作の腹に水が溜まり、パンパンにふくれあがった。
処置をして、その山を乗り越えた。
優作は、ひとことも、苦しいという言葉を吐かなかった。
山藤医師は、優作にいった。
「ひとつ、山を越したよ」
優作は、答えた。
「先生、次は、何をやろうか」
優作は、病との闘いに積極的に挑んできた。
「先生、いいと思ったことは、なんでもやってくれ」
11月3日に、優作の長男・龍平の運動会があった。
優作は、楽しみにしていた。が、でられなかった。
11月5日の夕方、優作は、急に危篤状態におちいった。
心電図の波形も、通常なら絶対助からない状態であることを示した。
さすがに、山藤医師も、あきらめた。
美由紀夫人は、優作の手を握り「優作、優作」と必死に叫んだ。
奇跡的に、優作の意識が戻った。
優作は、ベッドを取り囲む者らに視線を走らせながら、いった。
「なんじゃ、こりゃ。いったい、どうしたってんだ。たくさん人がいるじゃねぇか」
なんじゃ、こりゃ、というセリフは、かつて優作が「太陽にほえろ!」で、
死ぬ場面を自分で工夫し、最後に叫んだ言葉と同じだった。
平成元年11月5日の夜、下関の松田東のもとに、優作の妻の美由紀から電話が入った。
「もしもし」
「はい」
相手は、名を名乗らない。ひどく沈んだ声である。
東は、思った。
(誰だろう。訊いたような声だが・・・・)
しばらく間があった。
その間が、東にはなぜかひどく不安な時間のような気がした。
「どなた?」
「美由紀です」
美由紀と聞いて、びっくりした。いつもの美由紀は、もっと陽気に電話をかけてくる。
ところが、この日に限って、まるではしゃいだ様子がない。東は、ますます
不安になった。
「どうした?」
いまにも泣き出しそうな声で、美由紀は答えた。
「優作、入院してるんです」
「えぇ!? それで病名はなんなんだ」
「癌なの」
東は、そのとたん、眼の前が真っ暗になった。
翌朝早く、上京することになった。
(なんで、知らせてくれんかったんじゃ)
東京駅に着いた東は、美由紀に聞いていた病院に行くために、
中央線に乗った。
あまり動転していたので、電話番号も訊かなかったのだ。
「たしか荻窪病院だったな」
その名から、東は荻窪で降りた。
しかし、該当する病院がわからない。
とうとう、東は、優作の属する映画製作プロダクション「セントラル・アーツ」に勤めている息子の時吉に電話を入れた。
息子は、食事で外出していて留守であった。
(なんとタイミングが悪いのぉ)
東は、舌打ちした。
その1時間後に、やっと息子が社に帰ってきた。
「お父さん、それは、三鷹の西窪病院だよ」
息子も仕事を片付けてかけつけるつもりらしい。
東は、すぐに電車に乗って三鷹で降りた。
タクシーに乗り、やっと西窪病院に着いた。
病院の事務員の女性に、訊ねた。
「松田優作の兄です。下関から来たんです」
「どうぞ、2階奥です」
階段をかけ上がり、2階の奥の病室に向かった。
美由紀の母親が、病室の入り口にたっていた。
母親は心身ともに疲れ果てた様子で、ぐったりとしていた。
手を合わせて祈っていた。
近づくと、母親が挨拶をした。
病室のドアは、開いていた。
東は、カーテン越しに中を見た。
病室には、看護婦が二人と、病院の医師が一人いた。
そのほかに、ひとり得体の知れない人物がいた。背広姿であった。
医者にしては、白衣を着ていないが、と不審に思い、母親に訊いた。
母親は、答えた。
「この人は、優作さんが心の先生と慕っているお方です。
今井先生とおっしゃるんです。宗教家でいらっしゃいます」
東は、優作にそんな人物がいたのかと初めて知った。
心配なので中に入ろうとした。
すると、東をさえぎるように、美由紀が病室から出てきた。
東は、美由紀に言った。
「どうなってるんだ。優作に会わせろ」
美由紀は答えた。
「今は今井先生がいるし、兄さんが来たのがわかってしまうと、
優作に叱られるの。
だから声を小さく、足音をできるかぎりさせないようにして」
東は、苛立った。
東は、一刻も早く、優作の枕元に駆け寄りたかった。
「優作、どうした。これくらいの事で死ぬんじゃないぞ。
気をしっかりもて」
そう声をかけてやりたかった。
が、美由紀は、東を病室に入れようとはしない。
東は、苛立ちながら、言った。
「それじゃ、いい。わしは、医者の先生に訊く。
医者の先生は、なんていうんじゃ」
「山藤先生です」
「そうか。じゃ、山藤先生に面会させてくれ」
10分ぐらいしてから、病室から山藤先生が廊下に出てきた。
山藤医師は、院長室へ東を招き入れた。美由紀の母もついてきた。
東は挨拶をした。
「わたしは、松田優作の兄です。このたびは大変お世話になります。
ほんとうのことを言ってください」
山藤医師の後ろには、美由紀の母親が立っている。
東は、妙な気がした。
山藤医師は、東の問いかけにうなずくと、打ち明けた。
「今日死んでも不思議でない状態です」
東は、頭を割られるような衝撃を受けた。
(なんということだ・・・・・)
東は、動揺を隠せないまま、山藤医師に訊いた。
「それは、どういうことですか」
「今は、尿管に管を入れて尿をだしています。しかしそうしていますが、
癌がねぇ、よりいっそうひどくなっているんです」
東は勢いこんで訊いた。
「先生、手術はどうなんですか」
「手術できないんです」
東は、もう何がなんだかわからなくなっていた。山藤医師は続けた。
「どんな名医が診ても、もう手のほどこしようがないんです。
万全をつくしてやっても、どうしようもないんです」
「じゃ、私の膀胱をやってください」
東は執拗に食い下がった。冗談ではない。
愛する弟の命なのだ。自分の命と引き換えにしてでも、助けてやりたかった。
「いや、そんなことはできません」
「それじゃ、先生、死ぬんだな」
「それは、わかりません」
東は、ここまできて、ワッと泣き伏した。
医師が言うのである。嘘ではないのだろう。
東は、流れる涙をぬぐおうともせず、院長室をでた。
優作の眠る病室へ急いだ。
しかし、なぜかドアが閉まっている。
5分間、立ち尽くしていた。
病室から出てきた美由紀の母が、東に言った。
「お兄さん、ちょっと、こっちへ行きましょう」
そうしてまた病室から東を離そうとする。
義母は、東を西窪病院の外に連れ出し、
近くのマクドナルドの店まで連れて行った。
東は、気が気ではなく、再び病院に帰った。
優作の病室のドアを開けて中に入った。
美由紀が、入り口に立っていた。東が入ろうとすると、
美由紀が止めた。が、東は、それを払いのけて、病室の奥に入った。
病室の右手にベッドがあった。そこに優作が眼をつぶって横たわっていた。
(優作、兄ちゃんじゃ。優作、かわいそうに)
優作のベッドの左側に、美由紀のためのベッドがあった。
そのふたつのベッドの空間に、今井といいう宗教家が座ってじっと優作の右手を握っていた。
美由紀は、病室の入り口近くに立っている。
東は、優作のベッドに駆け寄り、優作の頭の脇に立った。
美由紀が、ひとこと制した。
「シッ!そうっと、声を出してはいけません」
東は、優作のベッドの脇で、両手を合わせた。念じた。
(助かってくれ、優作)
そのとき、東は、はっきりと優作が東の来たことを知った、と感じた。
優作は、長身の体を窮屈そうにさせ、右手を今井に預け、左手でベッドの手すりを握り締めるようにした。最後の気力を振り絞って左足を曲げ、持ち上げた。
(あぁ、優作は、おれに言いたいんじゃ。兄ちゃん、ありがとう。これでおれは死ぬかもしれんが、あとは頼むよ。と、いいたいんじゃ)
東が手を結んで祈っていたのを優作はわかっていたんだ、と思った。
東の脳裏に、母のかね子の臨終の場面が浮かんだ。あのときの母が優作に反応して死んでいったように、優作は、いま、おれに心でいいたいことを伝えているんだ、と信じた。
2分間は、東は、優作と心で話し合った。
美由紀が、東のそばにいき、東の肩をたたいた。
東は、振り返って美由紀の顔を見た。
美由紀は、病室の外にでるように東に手招きした。
東は、美由紀のあとをついて病室の外に出た。
美由紀は廊下を歩いて、階段のところで歩みを止めた。
そして、東にいった。
「お兄さん、できるだけ、小さな声で話してね」
東は、ついにたまらず声を荒げた。が、あくまでも小声であった。
「美由紀、一体どうなっとるんだ。どうなるんだ」
美由紀も小声で言った。
「お兄さん、今日は持ち直したんです」
持ち直した、という言葉を聞き、東は眼を輝かせた。
「えぇ!? ほんとか」
「持ち直したみたい」
外は、もう暗くなっていた。そろそろ5時である。
美由紀は、言った。
「どこか、ホテルを探してあげましょう。優作は頑張るから、大丈夫よ」
東は、持ち直した、という美由紀の言葉を信用した。
ずっと優作に付き添っていたのは、美由紀なのだ。
東は、病院から外に出た。
ついに死に目に会うことはできなかった。
この夜から翌11月6日まで、美由紀は、一睡もせずに優作のそばに付き添った。
「優作、がんばって。がんばるのよ、優作」
美由紀は、優作を励まし続けた。
看護婦達は、美由紀の必死さに胸が締め付けられる思いをした。
この日の優作は、口をきける状態ではなかった。が、意識だけはあった。
美由紀が話しかけると、彼女に視線を向けた。
優作の体には、リンゲルや心電図など、何本もの管がつながっていた。
痛々しかった。
夕方、優作は、またもや危篤状態に陥った。
「優作、がんばって!」
美由紀は、必死で優作に訴え続けた。
午後6時45分になろうとするときであった。
優作は、ふと眼を開けた。
自分の体につながっている管を、不思議そうに見た。
(何で、こんなものがついているのだろう)
優作は、そういいたげであった。
優作は、片方の手で、一本の管に手を伸ばした。
ちぎりとろうとでもするように、その管を握り締めた。
ふーーーっと、息をつくようにして、体の力を抜いた。眼を、閉じた。
平成元年11月6日、午後6時45分。優作の死の瞬間であった。
閉じた優作の眼から、糸を引くように、一筋の涙が流れ落ちた。

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