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Last update : 2003/5/29

義山亭石鳥


1973年5月3日生 山口県出身 O型
私が把握しているもののみです。
受賞歴
 1995年11月期(第129回)ホップ☆ステップ賞 最終候補(「サル駆ける町」/いのん中隊長名義) 週刊少年ジャンプ96年7号結果発表
 1995年12月期(第130回)ホップ☆ステップ賞 最終候補(「HOT FAMILY」) 週刊少年ジャンプ96年11号結果発表
 1996年5月期(第135回)ホップ☆ステップ賞 最終候補(「逃亡不可能」) 週刊少年ジャンプ96年32号結果発表
 1996年11月期(第4回)天下一漫画賞 最終選考(「鼻の中の君よ」) 週刊少年ジャンプ97年7号結果発表
 第46回(97年上期)赤塚賞準入選(「73式乱射銃」) 週刊少年ジャンプ97年27号結果発表

作品リスト
1997年「IN THE TRAIN」週刊少年ジャンプ8号掲載
「73式乱射銃」赤マルジャンプ 1997 SUMMER 掲載 (JCDX「めざせ!漫画家 手塚・赤塚賞受賞作品集」20巻にも収録)
「河童レボリューション 〜ヒロ坊の戦い〜週刊少年ジャンプ42号掲載
「鼻の中の君よ」週刊少年ジャンプ44号掲載 (96年11月期天下一漫画賞最終選考)
「河童レボリューション 〜ヒロ坊の戦い〜週刊少年ジャンプ45号掲載
「河童レボリューション 〜ヒロ坊の戦い〜週刊少年ジャンプ55号掲載
1998年「河童レボリューション 〜踊れ!河童ステップ〜週刊少年ジャンプ12号〜32号連載 / 全20回
「がんばれ!倉高オー!イェイズ」スポーツスペシャル(週刊少年ジャンプ増刊)掲載
2000年「倉中バスケ部パセリ−ズ ―花言葉は『お祭り騒ぎ』―赤マルジャンプ 2000 SPRING掲載
「泣くことないよ!アフロボーイ」GAG Special 2001掲載
単行本
 短編集「オリジナル河童レボリューション」 (集英社 ジャンプコミックス)
   1998年4月8日発行 収録作品 :「河童レボリュ―ション〜ヒロ坊の戦い PartT〜」
「河童レボリューション〜ヒロ坊の戦い PartU〜『沖の小島に仁義なし』編〜」
「河童レボリューション〜ヒロ坊の戦い PartV〜『水虎券伝授または前略ご両親様、僕人間やめちゃいました』編」
「河童レボリューション〜ヒロ坊の戦い PartW〜『サユリちゃんの星に願いを!!』編」
「73式乱射銃」
「IN THE TRAIN」
「鼻の中の君よ」
「サル駆ける町」
「NUSHI」
 「河童レボリューション 〜踊れ!河童ステップ〜 全2巻 (集英社 ジャンプコミックス)
   1巻 1998年7月8日発行 ステップ1〜ステップ10収録
   2巻 1998年10月7日発行 ステップ11〜ラストステップ(20)収録


 私は97年の終わり頃からジャンプの定期購読を数年間止めていたのですが、義山亭石鳥の漫画はかなり好きで、「河童レボリューション」の連載だけは、こりゃ大ヒットするぜぇ!ぐらい思いながら欠かさず読んでいました(思えば、この頃からマイナー志向で見る目が無いのは変わらないわ…)。リアルタイムでは「幕張」が好きではなかったため、「幕張」の代原で掲載された義山亭石鳥の「鼻の中の君よ」や、他の読切の方が好きでした。読切で3度も本誌に掲載された「河童レボリューション」の連載が始まった時は、嬉しかったです。
 すげー面白いわ、コミックス出たら絶対に買う!と思いながら立ち読みしていた「河童レボリューション」を、なんか雲行きがおかしくなってきたぞ…?と訝り始めたのは、ヒロ坊のじいさんが出てきた辺りです(コミックスでいうと2巻の最初)。ギャグ好きのじいさんの繰り出す1発ギャグの寒さは、「まったく、しょうがねーなー」とファンの暖かい目で苦笑して済ませられるレベルのものではなく、ホントにどうしちゃったの?!って感じでした。急速につまらなくなっていった「河童レボ」2巻ですが(1巻は全部好き)、サユリちゃんのリボンの回や河童のレイレイ、カズオ仮面が出てくる回なんかは好きです。
 短編集の「オリジナル河童レボリューション」収録作品はどれも面白く、連載版の「河童レボ」よりずっと好きです。
 話は変わりますが、短編集収録の「サル駆ける町」は未発表であるはずなのに、何故かどこかで見たような感じが強烈にします。誰かに似てるとかではなく、妙な既視感が。何でだろ?H☆S賞や天下一漫画賞の発表記事ででも見かけたのを覚えているのかしら?

 98年の夏に神戸阪急で開かれた「週刊少年ジャンプ原画展」でのみ販売された「週刊少年ジャンプ創刊30周年記念原画集」では、スマッシュヒット以上を飛ばした漫画家に混じって、何故か義山亭石鳥先生のページが2ページあり、プロフィールとお祝いのカラーサイン色紙、連載版「河童レボ」第1話のカラー原稿4枚が掲載されています。98年夏といえば、「河童レボ」が打ち切られてすぐのことです。連載が始まって2ヶ月もしないうちに短編集も発売されましたし、20週打ち切り漫画家とは思えない程の厚待遇です。よっぽど期待されていたであろうことが窺えます。

 「河童レボ」終了後は、増刊にバスケ漫画を3回ほど描いています。98年秋のスポーツ増刊でのバスケ4コマ「がんばれ!倉高オー!イェイズ」は未読ですが、バスケ読切はどれも倉松中学か倉松高校が舞台で、「河童レボ」と同じく倉松市が登場します(「河童レボ」のマサシが通っていたのは倉松小学校)。「IN THE TRAIN」の主人公が利用する駅も倉松駅です。義山亭石鳥の漫画には必ずといっていほど、服に「ISOCO」と書いてあるキャラが登場し、それも気になります。

 「倉中バスケ部パセリ−ズ ―花言葉は『お祭り騒ぎ』― 」と 「泣くことないよ!アフロボーイ」 は正直あまり面白いとは思えず、「河童レボ」や他読切が大好きだった頃のことを思うと少々悲しくもなるのですが、それでも義山亭石鳥先生の漫画は好きなので新作を期待してしまいます。
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