中国との関係って難しいですね。
今、日本の常任理事国入りに対する反対感情からデモが繰り広げられています。
もっとも、今の日本が常任理事入りしたところで、
アメリカがもう一つ増えるだけで全くもって意味はないと思いますが。
私が思うにこのデモは今現在の日本に対するものではなく、過去の日本に対するものでしょう。
結局のところ日中戦争に対しての怒りなのでしょう。
デモを行うことに反対するつもりはありません。
しかし、デモはあくまで大勢が気勢をあげて相手に威勢を示すことであって、今回行われたものは、デモではない。
あれは暴動、日本に対する脅迫、そして何より怒りの矛先を弱者に向けた苛めでしょう。
何故、日系の店舗を襲う必要があるのでしょうか。何故それらを破壊する必要があるのでしょうか。
そして何より日本人だからという理由で暴行を加えるのでしょうか。
それらは戦時中に日本がやってきた行いと大差のないことだということがどうして分からないのでしょうか。
常任理事国、いわばこの世界の中枢をしめ、この世界を担っている国がこれに対して謝罪しないのなら、
それは日本を常任理事国入りに反対しないということと同じでしょう。
自分達は良くても、他はいけない。
それこそ、独善的、自己中心的な考えで、それがエスカレートすることによって、紛争、戦争が勃発する一因となるのです。
現在というものは過去の積み重ねであり、現在を語る上で過去は必要不可欠なものであります。
だから、歴史を知るということは、現在を知ることに繋がります。
ですが、そこに含まれた感情を理解することは大切ではありますが、それを必ずしも自分の感情とする必要はどこにもありません。
歴史を知り、そこから何を感じ、何を思うか。それを自分の中で咀嚼して自分なりの意見と見解を持つ。
そのために、歴史を学ぶのだと私は思います。
第二次天安門事件の後、中国政府は愛国心を育む教育を執り行ってきました。
その愛国心を育む為に日本という悪を設定。
そして自国に対する反感を少しでもなくそうとした。
結果として今回の暴動が起こった。
それが中国政府の予想通りだったのかどうかは分かりませんが。
これに参加していた人たちの大半が大学生だったようです。
ちょうど、その教育が始まった頃の人々です。
彼らは歴史を知ったのではありません。
覚えさせられ、植えつけられたわけです。
自らの思考によって歴史を咀嚼したのではなく、あらかじめ用意されたものをそのまま飲み込んでしまったのでしょう。
そうではない人はもちろん、大勢いるだろうし、そういった人の方が多いことを切に願いますが、
今回の暴動に参加した人たちがそうであることは、自明の理です。
日中戦争において、侵略という愚の極みともいうべき行為を行った日本に弁解の余地はありません。
例え欧米諸国が類似のことをしていたとしても。
そして自らが植民地とされる危険性があったとしても。
当時の人々に欠けていたもの。それは人間が人間であるということ。
人種、民族によって優劣をつけ、西欧諸国の人間は優等種であると。
能力の差に優劣をつけることは当然です。ですが、それは優が劣に対して人権を否定していいものではありません。
あくまでそれらは区別であって、差別ではないのですから。
そして優は劣より上だというのなら、劣のことを考えなくてはいけない、懐深くなくてはいけない。
それができないのであれば、人の上に立つのは愚の骨頂。
つまり自らの正当性を主張するのなら、相手が不当である理由を考え、自分達は絶対にそれらをしてはならないということ。
そうでなくては、どうして相手が自分の非を認めてくれようか。
私は中国政府に今すぐ謝罪をしていただきたい。
未だに公式な謝罪を日本が行っていないと言い続けるその根拠をここで明確に表してほしい。
もしできないのなら、村山元首相の発言を公式謝罪として頂きたい。
そしてその上で、日本の常任理事国入りに対して反対を訴えてほしい。
これ以上日中関係の亀裂が大きくならないことを心より願う次第です。
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